Circle vol.8

ED前ジェイドの話※架空設定

「・・・ゲンスブールだと?!」
最近になって役職者一人一人に与えられた軍の執務室で、山積みの書類に次々とサインをしていたジェイドは、名前を聞くとその手を急に止めて、顔を初めて机から離した。
「は、はっ!そうです。」
事故の報告に来た部下は、目の前にいる自分の上司の、普段は滅多に見ることのない視線の鋭さと発した声の大きさに、思わずビクリと身体を震わせた。
「それは間違いないのか!」
「はっ。先程現地へ確認に行っていた兵士が、戻って報告してまいりました。」
「・・・くっ!」
ばんっ!!と机に両手を叩き付けたジェイドの勢いにあおられ、部下も書類も床に崩れ落ちた。
「こんな事が、あって・・・良い訳がない!!」
次の瞬間、ジェイドは執務室を飛び出していた。

その報告を最初に受けたのは昨晩遅くのことだった。
戦地で骸になった自国の兵士をレプリカとして蘇らせ、山の中の調練で実験結果のデータを取るという作業を行っていた部隊が、その後マルクト帝国手前のテオルの森を通りかかった時、その事件を起こしてしまったらしい。

その兵士の報告によれば、経緯はこういう事らしかった。
エンゲーブからの物資を積んだ辻馬車に乗っていたある女性が、突然何かを叫びながらレプリカ隊に駆け寄ってきた。
周りにいた通常の護衛兵士が遮ろうとしたその時、女性に腕を捕まれたことを敵対行動と誤認したそのレプリカが、その女性を一刀に切り捨てたというのだ。

「女性はほぼ即死状態でした。レプリカもその場で我らが始末致しましたが、元は歴戦の兵士だったらしく、その切り口は見事なものでした。」
国内に再び沸き起こるであろう、骸狩り実験の反対論争を知ってか知らずか、その兵士はレプリカの事を褒め称えた。
「この件は極秘扱いとする。現場にいた兵士にもその旨伝えるように。」
それと、とジェイドは続けて、その女性の身元の洗い出しと、その親族への多額の補償金を口止め料として渡すよう、部下に指示した。
「自制が効かないレプリカというのも、保管場所がやっかいですね。」
戦場では重宝しますが、と言い加えて、ジェイドはやり途中だった事務仕事を再開した。

「ゲンスブール」という名字の兵士の話は、カイツール西紛争の起こる、少し前に聞き及んでいた。
幾分歳はとっているが勇猛果敢で、上司の命令には絶対服従を貫き、その兵士が戦場にいるだけでそこの現場の士気があがるという、軍人の鑑のような人物だ、という話だった。
それ程の人物に何故ジェイドがそれまで会う機会すら無かったのかと不思議に思っていると、部下はその兵士の事情について教えてくれた。

「彼の祖先はキムラスカ人だったようです。代々軍人の家系ですが、あちらの軍上層部との折り合いが悪く、家族の命の保障すら危うくなって、とうとう、先代の時に我がマルクト帝国へ亡命してきたようです。そんな経緯もあって、本人がマルクト帝国軍での昇格をずっと辞退し続けていたようです。自分は一生一兵卒でよい、と。今時見上げた精神です。」
部下は自分の話に自分でうんうん、とうなずきながら話を続けた。

「そういえば大佐。彼にはそれは美しい一人娘がいるそうですよ。なんでも、すぐそこの酒場で働いているとか。今度行ってみようかな。」
誰にそんな話をしているんだ、というジェイドの冷たい視線にも気付かずに、その兵士は既に、うっとりとした表情になっていた。

「・・・酒場?」
ふとジェイドは気付いた。
「そうか。彼女のフルネームは、ニコラス=ゲンスブールというのか。」

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